JASRACの潜入調査

JASRAC(日本音楽著作権協会)の「潜入調査」が話題になっています。

ヤマハ音楽教室にJASRACの職員が「主婦」として入会し,2年近くレッスンを受けていたそうです。

 

 

この件については背景があります。

2017年,JASRACは音楽教室から著作権料を取る方針を発表しました。

それに反発したヤマハなどがJASRACには著作権料を徴収する権限はないとして,東京地裁に提訴していました。

 

 

この裁判でいよいよ証人尋問が行われるという段階になって,職員が調査を行っていたことが判明したのです。

そして,実際に,この職員は7月9日の口頭弁論で出廷し証言を行いました。

 

 

職員は証人尋問で,「講師の演奏はとても美しく,コンサートを聴いているようだった」と証言したそうです。

 

 

このニュースには,いくつかの法律的問題があります。

 

 

世間で一番話題になっているのは,「こんなやり方卑怯じゃないか!」という点です。

たしかに,ずるいやり方のように思えます。

 

 

法律上の論点としては,このような方法で調査した結果を裁判で利用していいのかという民事訴訟法上の問題です。

 

 

この論点と関連して,こういう場合,建造物侵入罪が成立するのではないかという論点があります。

 

 

たとえば,古い判例で,犯人が強盗目的を隠して「こんばんは」と言ったら,家の人が「どうぞお入り下さい」と返事をしたので,家の中に入ったという事案で,住居侵入罪が成立したものがあります。

 

 

この判例のケースでは,形の上では家に入れることを承諾しているのですが,強盗目的だと知っていれば承諾するはずがないということで,住居侵入罪の成立を認めたのです。

 

 

そう考えると,今回の件では,JASRACの職員だと知っていれば,ピアノ教室に入会させなかったと思われますから,建造物侵入罪が成立しそうにも思えます。

 

 

しかし,「強盗」の目的と「調査」の目的とでは,意味合いが異なります。

 

 

そして,今回のような調査は「覆面調査」といって,実際によく行われています。

レストランなどの格付けのために調査員が一般客のふりをしてお店に入ることはよくありますが,社会的に容認されています。

 

 

したがって,今回の調査が建造物侵入罪ということにはならないでしょう。

 

 

本題に戻りましょう。

今回の件で「調査結果を裁判の証拠として利用できるのか。」

 

 

過去の裁判例からは,民事訴訟の場合,よほど非人道的な方法で証拠を入手したような場合以外は証拠として利用できる,という考え方が主流です。

 

 

ですから,本件でも調査結果を証拠として利用することはおそらく認められるでしょう。

 

 

本件では,他にも法律的な問題があります。

個人的にはこちらの方が重要だと思っています。

 

 

そもそも,JASRACは何を調査したかったのでしょうか。

 

 

著作権法(22条)では,著作物を「公衆」に「聞かせることを目的として」「演奏」することを禁止しています。

 

 

JASRACはピアノ教室の演奏はこれに該当すると主張しています。

 

 

そのため,今回の証人尋問で「コンサートのようだった」と述べて,「公衆」に「聞かせることを目的として」「演奏」したと主張しているわけです。

 

 

また,公衆に聞かせるための演奏であっても,営利を目的としない場合は違反になりません(著作権法38条1項)。

 

 

もちろん,ピアノ教室は受講生から受講料を徴収していますが,それは「技術」を教えることの対価として徴収しているのであって,通常,「演奏」の対価として徴収しているわけではありません。

 

 

このような点も重要な法律的論点であり,個人的にはこちらのほうが興味深いです。