相続案件を扱っていると、しばしば被相続人の貸金が問題になります。例えば、被相続人が知人や相続人にお金を貸していた場合があります。
このような場合、被相続人は「貸付金」という債権を保有していたことになります。このような「貸付金」は「遺産」に含まれるのでしょうか。
「貸付金」が「遺産」に含まれるか否かという話をするためには、その前提として「遺産」の定義は何か、という話が必要になってきます。
「遺産」というのは、民法896条の「相続財産」とほぼ同義であり、「被相続人の財産に属した一切の権利義務」のうち「被相続人の一身に専属したもの」以外のものです。
そして、「貸付金」は被相続人の財産に属した権利であり、一身専属上の権利ではないので、「相続財産」に含まれます。
「相続財産」に含まれるということは、「相続人」が「承継」することになります(民法896条)。
その意味では、「貸付金」は「遺産」(≒相続財産)です。
ただし、「遺産」を「遺産分割の対象となる財産」という意味で用いる場合には注意が必要です。
「遺産分割の対象となる財産」というのは、家庭裁判所で「遺産」として取り扱い、最終的に審判においてその帰属(相続人のうち誰が取得するか)を決めることになる財産のことです。
「遺産」をこの意味で用いる場合、「貸付金」は「遺産」ではないことになります。
すなわち、家庭裁判所で遺産分割の審判がなされる場合、「貸付金」は審判の対象にはなりません。
「貸付金」は「遺産分割の対象となる財産」ではないのです。
家庭裁判所においてこのような運用が行われているのは、昭和29年4月8日の最高裁判決が確立した判例となっているからです。
同判決は、金銭債権などの可分債権(分けることが可能な債権)は遺産分割を行わなくても相続開始と同時に法定相続分に応じて分割されて各相続人に帰属するとの判断を示しました。
同判決の考え方は、まず、民法896条にいう相続財産の「共有」を民法249条以下の「共有」と同じ意味に解します。
その帰結として、金銭債権等は同法264条に定める「所有権以外の財産権」となるところ、「法令に特別の定めがあるときは、この限りではない」(同条ただし書)とされていることにより、同法427条の規定が「特別の定め」となります。
その結果、金銭債権等は可分債権であるので、各相続人の相続分に応じて当然に分割帰属するとの解釈になります。
したがって、家庭裁判所の遺産分割審判においては、「貸付金」は「遺産分割の対象となる財産」ではなく、判断の対象にはなりません(判断するまでもなく、各相続人に分割して帰属しているということです。)。
その意味では「貸付金」は「遺産」として扱われないということになります。
それでは、「貸付金」の有無や金額に争いがある場合、どうやって争えばいいのでしょうか。
家庭裁判所で扱うことができない以上、裁判の大原則(権利義務に関する紛争は公開の法廷で行う)に戻り、民事訴訟(地方裁判所または簡易裁判所)で争うことになります。
もっとも、遺産分割審判ではなく遺産分割調停の場では、相続人全員が貸付金を遺産として扱うことに合意すれば、貸付金も含めて調停を成立させることは違法ではありません。
なぜなら、「調停」は「話し合い」の延長なので、このような柔軟な解決が許容されるのです。
これに対して、「審判」は裁判所による公権力の発動であり、法律に厳格に縛られるため、「調停」のような柔軟な方法を採ることはできないのです。