特別受益の評価基準時

今回は、「特別受益の評価基準時」がテーマです。

 

「特別受益の評価基準時」は極めて専門的な問題です。


特別受益があると、相続開始の時において有した財産の価額に生前贈与の価額を加えたものを相続財産とみなして、各共同相続人の相続分を算定することになります。

 

この場合に、「財産の価額」に加える「贈与の価額」はいつの時点での評価額を指すのでしょうか。

これが「特別受益の評価基準時」と呼ばれている問題です。

 

考え方としては、①贈与時基準説、②相続開始時基準説、③遺産分割時基準説の3つがありえます。

 

しばしば、相談者の方は「被相続人の生前に兄はマンションを買ってもらっています。当時、新築でしたから3000万円くらいの価値だったと思います。そうすると特別受益は3000万円ということになりますよね?」という感じで、①の贈与時基準説を想定している場合があります。


これは極めて素朴な考え方であり、実際、ドイツ民法とフランス民法は①の贈与時基準説を採用しています。

 

しかし、日本では②の相続開始時基準説が通説であり、多数の裁判例も相続開始時基準説に従っています。


相続開始時基準説によると、上記の例では、贈与当時3000万円の価値があったとしても相続開始時の価値が2000万円であれば特別受益の価額は2000万円となります。

 

通説や裁判例が相続開始時基準説を採用する理由としては、民法903条と904条に「相続開始の時」という文言があるから、とか、905条1項や909条ただし書により各共同相続人は遺産分割前に相続分を譲渡することが許されているから各共同相続人の具体的相続分は相続開始と同時に確定していなければ不合理であるから、などと言われています。

 

個人的には全くすっきりしない理由です。

すっきりしませんが、日本での通説であり裁判例でも多数派なので、これに従うしかないでしょう。

 

また、金銭の贈与の場合の特別受益の評価に関しては、相続開始時の貨幣価値に換算して評価するとされています(最高裁昭和51年3月18日判決)。

 

その理由としては、昭和40年の現金100万円と現在の現金100万円とでは購買力に差があるのだから貨幣価値の変動を考慮するのが合理的だ、などと言われています。

 

この理由も余りすっきりしません。


確かに、昭和40年に100万円あれば高級車を購入できました。

現在の100万円では高級車は購入できません。購買力に差があるのは間違いないでしょう。

 

しかし、昭和40年に相続人が被相続人より100万円の高級車を贈与してもらっていた場合、特別受益の評価は「その高級車」の相続開始時の価額となります。

プレミアがついて価値が上がっているような場合でなければ、おそらく価値はゼロ円です(通常であれば廃車になっているでしょう。)。

 

この点は、特別受益の評価基準時を贈与時と考えるか相続開始時と考えるかという最初の話と関連します。


前記のとおり、特別受益の評価基準時は相続開始時とされていますから、贈与時に100万円であった高級車は相続開始時にはゼロ円と評価されます。

 

このことが話をややこしくする原因にもなっています。

 

昭和40年に現金で100万円をもらった相続人は現在の貨幣価値に換算して(例えば)500万円の特別受益があると評価され、100万円の高級車をもらった相続人は特別受益がないと評価されるのです。

 

仮に、長男は昭和40年に100万円を現金でもらい、その直後に100万円の高級車を購入したが、二男は昭和40年に100万円の高級車を買ってもらった場合、長男の特別受益は500万円(仮の数字です)で、二男は特別受益なしです。

 

果たしてこの結果は合理的なのでしょうか?

 

このように納得しがたい点は大いにあるのですが、最高裁の判例がある以上、当面はこの見解に従うしかないでしょう。