これまでに特別受益の話は何度もしてきましたが、今回は「持戻し免除の意思表示」の話です。
民法903条1項に該当する贈与(特別受益)があった場合、原則として遺産分割のときに「持戻し」を行うことになります。
ただし、被相続人が特別受益を遺産分割において持ち戻す必要がない旨を明示又は黙示に意思表示をしていれば、持戻し計算をする必要はありません(同法903条3項)。
この意思表示を「持戻し免除の意思表示」といいます。
本来、特別受益の制度は「遺産の前渡し」として、被相続人が生前に贈与した場合に、死後の遺産分割において公平のために修正するための制度です。
しかし、贈与を行った被相続人が遺産分割時の修正を望んでおらず、特別受益分をその者の特別な取り分として与える意思である場合には、その意思を尊重するためのものです。
持戻し免除の意思表示は明示でも黙示でもよいとされていますが、黙示の意思表示が認めるには慎重な判断が必要です。
判断の基準としては、「被相続人が特定の相続人に対して相続分以上に財産を相続させる意思を有していたか」という観点が重要になります。
一般には、次のような場合には黙示の持戻し免除の意思表示が認められやすいと言われています。
①家業である農業を承継させるため、特定の相続人に対して、相続分以外に農地などの財産を相続させる必要がある場合
②被相続人が生前贈与の見返りに利益を受けている場合
③病気などの理由により特定の相続人が独立した生計を営むことが困難な場合
④相続人全員に贈与をしている場合
裁判例としては、被相続人が妻に対して被相続人の土地の一部の使用を許諾するとともに、妻が当該土地上に建物を建築するにつき建築費の一部を贈与した事案で、「民法903条第1項の特別受益に該当するが、被相続人は、その後死亡までの約9年間、右相手方の建築した地上建物に同人と夫婦として同居生活を送り、主として同人が右建物で営む飲屋の収入によって生活を維持していたものであって、このように、右相手方が贈与を受けた財産を基礎として、被相続人自身の生活に寄与してきた事情からすれば、被相続人としては、遅くとも相続開始の前頃には、右生前贈与をもって、相続分の前渡しとして相続財産に算入すべきものとする意思は有していなかったものとみることができ、したがって、特段の反証のないかぎり、被相続人は、相手方に対し黙示に右特別受益の持戻し免除の意思表示をしたものと推認するのが相当」と判示したものがあります(東京高裁昭和57年3月16日決定)。